いま、サイードを読む

 

山下泰幸

 

  202410月に神戸大学人文学研究科に講師として着任し、社会学研究室の末席に名を連ねることになりました山下泰幸と申します。これまで、現代フランス社会で暮らす北アフリカ系のイスラーム教徒の日常実践について、インタビュー調査に基づいて研究してまいりました。北アフリカ(アルジェリア、モロッコ、チュニジア)はフランスのかつての植民地であり、現代における北アフリカにルーツを有する人びとに対するスティグマ化の問題を考える際にも、植民地時代を通して作り上げられてきた差別的なステレオタイプと結びつけて分析する必要があります。私の専門は社会学ではありますが、そうした植民地主義の残滓をとらえるためにも、積極的にポストコロニアル研究を参照するように努めています。

 

さて、昨年10月に神戸大学に着任して早々、社会学専修の学部生向けに「古典講読」の授業を担当することが決まり、誰の著作を扱うべきか考えた際に、私の頭に浮かんだのはエドワード・サイードの名でした。主に文学批評家として知られるサイードの研究については、植民地言説分析やポストコロニアル理論に分類されることはあっても、一般的に社会学として扱われることはありません。ただしいつの時代も社会学は、周辺を彩る他分野の(学術的)成果を取り入れることで、その理論的な刷新を果たしてきたのであり、エドワード・サイードその人もまた、『オリエンタリズム』をはじめとする著作を通して、権力の非対称性を覆い隠してしまうような知のあり方に対する反省性を社会学にもたらした重要な人物の一人であると考えます。

 

そして今この瞬間に、エドワード・サイードの名を思い起こすことには、それ以外にも大切な意味があると言えるでしょう。サイードは、現在イスラエルによって実効支配されているアル=クドゥス(エルサレム)においてキリスト教徒のパレスチナ人として生まれ、その後アメリカに移住してそこでキャリアを築きつつも、生涯にわたってパレスチナの人びとに対してなされる不正義に声を上げ続けた人物です。サイードは、イスラエルによるパレスチナへの入植活動や軍事侵攻によって住む場所を奪われた人々を、単に憐れむべき犠牲者として扱うのではなく、喪失を克服して解放への積極的な働きかけを行う存在として捉えました。主体-客体、西洋-東洋といった二分法的な認識枠組みを乗り越えるために彼が模索した理論は、アメリカの、そして故郷を喪失したパレスチナ人の知識人としてのサイードの生涯そのものと分かちがたく結びついています。

 

サイードは生前、やがて生まれるべきパレスチナ国を、ユダヤ人とパレスチナ人、そしてあらゆる民族が互いに差異を尊重して生きることができる場所として構想していました。しかしながら20256月現在、その地に新たな共同体が生じるどころか、植民地主義を背景としたあまりにも非対称な戦争/虐殺が今この瞬間も継続しています。社会学は近代化とともに生じ、そして近代とはいかなる時代であるかについて、反省的に問う学問であると私は考えます。そうであるならば、社会学を学ぶすべてのものには、近代のプロジェクトとしての植民地主義、そしてその帰結としてのパレスチナでの虐殺について、注目し、分析し、何かを語り続ける義務があるのではないでしょうか。

 

研究会ニュース41号 2025年1月1日