香港大学とのインターンシップに学生を派遣しました

3月20日から3月22日にかけて、文学部人文学科2回生の新敷隼也くんが香港大学とのインターンシップに参加しました。その様子をレポートにまとめていただいたので、ここに掲載いたします。


香港インターンシップ報告書

1日目(3月20日)

午後:香港島から大陸の九龍半島側へと場所を移し、20 世紀半ばから巨大なスラム街が形成されていた九龍城の跡地である九龍寨城公園を見学した。公園は典型的な中国庭園的景観でありながら、子どもたちが遊ぶ遊具や、ランニング・ウォーキングコースが整備され、老若男女様々な人々が集っていた。残念なことに、当時のスラム化していた九龍城の面影を残した遺跡や資料はほとんど残っていなかった。あまりに不自然なほどきれいさっぱりと往時をしのばせる遺跡・資料が残っていなかったのは違和感であった。今日の香港政府にとっては“九龍城”というものは行政が人民をコントロールしきれず無法地帯化させてしまった“負の遺産”として認識されており、歴史的に抹消してしまいたいものであるのだろうかとすら感じられた。

 

その後は、重慶大厦(チョンキンマンション)を見学した。ビル内部にはインド系やアフリカ系の人々が営む外貨両替店や電化製品店、雑貨屋などが並んでおり、繁華街の中心地に立地しているため、地元民だけでなく外国人観光客の姿も見受けられ、大きな賑わいを見せていた。

2日目(3月21日)

午前:香港島北部の主要地を繋ぐ路面電車であるトラムに乗り、北角(North Point)周辺を見て回った。香港中心部の中環(Centre)や九龍中心部ほど外国人観光客の姿は北角では見られず、地元民で賑わうローカルの街といった印象を受けた。トラムの路線ギリギリのところまで市場がせり出し、そこへ多くの人々が買い物をしている光景は非常に活気にあふれており、台湾やタイのようなアジア的な趣が感じられた。

 

午後:香港大学の Dixon Wang 教授の学生とともに、まず石硤尾地区や JCCAC(Jockey Club Creative Arts Centre)を視察した。石硤尾駅周辺には小学校や中学校が多く密集しており、高層ビルも多く見受けられた。かなり最近になってから建てられたような新しいビルもいくつか見受けられたが、香港大学の学生から、そのような新しいビルはこの地域にもともと住みついていたスラムの住人やホームレスの人々のために建造された市営ビルであるという説明を受けた。また高層ビルをいくつも建造してもなお、住居が足りていないということを聞き驚いた。JCCAC では、週に2 度ほどワークショップを開催し地域住民との交流を図っていることなどを知り、アートを通して地域コミュニティと、このセンターを繋ぐことで新たなコミュニティのあり方を創出するという意図を強く感じることができた。


その後、深水埗(Sham Shui Po)地区へと移動し、Dixon Wang 教授の学生たちの 行っているクリエイティブ・インダストリーを軸にしたまちづくり活動の現場を訪 問した。この地区の通りには、服飾品を扱う店や電化製品を扱う店、雑貨を扱う店な どから成る市場が所狭しと並んでおり、さながら日本の秋葉原のような印象を受けた。我々は、夜市が密集しているエリアでも特に最貧困層の人々が暮らしているエリ アを訪問した。そのエリアの市場には主にオモチャを扱う店が並び、かなり安い値段でオモチャが店頭に並んでいた。そのため、お土産用の安いオモチャを求める外国人観光客の姿が多く見受けられた。その後、非合法的な夜市が催されているエリアへ移動したが、その日はあいにくの悪天候により夜市は開かれなかった。そのエリアにはホームレスの人々が集うスラムのような区域が存在したが、その区域の真正面には対岸の香港島に建つ超高層ビル群を眺めることができた。ホームレスの人々も超高層ビルに住まう人々はどちらも同じ資本主義の社会において、生み出されたものであり、ヒエラルキーにおいては本来対極に位置しているこれら二つの存在が、湾を隔てただけのかなり近接する形で併存していることに、非常に感慨深いものを感じた。 

3日目(3月22日)

午前:3 日目の午前中はまず、前日の香港大学生徒の交流の中で、彼らから是非行ってみるとよいと勧められた PMQ(Police Married Quarters)という施設を訪問した。この施設は、文字通りかつては既婚の警察官の寄宿舎としての機能を果たしていたところであり、更にその前には中央書院がこの土地には建っていた。この建物内部は大きく 2つの棟(Staunton と Hollywood)から構成されており、それぞれの棟には新進気鋭のデザイナーやアーティストの部屋がいくつもあり、その部屋の内部において様々な形でその腕を披露している。その他にも、アーティスティックな商品を購入することができるショップがいくつもあり、時代の最先端を目の当たりにすることができるような施設であった。日本で言えば、六本木や青山といった地域に、アーティスティックな施設が建てられているようなものなので、日本ではこのような施設は なかなか見られないと思いつつ、香港の古き良き歴史を後世に残しながらクリエイ ティブな香港を創造してゆこうという意図が見え、素晴らしい試みであると感じた。 

知見

 今回の香港インターンシップでは、刺激になる点、考えさせられる点が非常に多かった。 私は香港の各地を訪問する中でよく考えていたことは香港と日本との比較、とりわけ香港と神戸との比較であった。私は以前から香港と神戸は立地条件的が非常によく似ていると感じていた。目の前には海を臨み、背後は山に囲われている。そしてどちらも貿易によって繁栄を遂げてきたという歴史的背景も持っている。しかし、実際に香港という都市を目の当 たりにする中で強く感じたことは、一見神戸とは類似点が多いように思われるが内実、かな りの点において大きく異なっているということであった。このような比較をしながら香港各地を訪問するという事は非常に興味深いものであった。まず香港へ来て超高層ビルや超高層住宅が密集している光景に圧倒的な経済的格差や、地震が皆無であるからこその景観であろうという地理的な差も感じた。また、東京ましてや神戸とは比較にならないほどの都市化を遂げているにもかかわらず、かつてのイギリス政府と中国政府から無法地帯と化しスラム化していた九龍城の面影がほとんど見られない緑あふれる中国式庭園のひろがる九龍城公園が突如として現れる光景などからは、日本の大都市にはあまり見られない多国間の絡む政治的複雑性を強く感じた。また、香港のクリエイティブ産業を基軸にした新しいまちづくりの活動を行っている香港大学の学生と実際に言葉を交わし、交流しながら香港の都市化を学ぶことができたことは、日本で勉強するだけでは得ることができないような刺激があり、私にとって素晴らしい経験となった。